フットボールクラブ波崎(FC波崎)40周年記念
祝辞
FC波崎団長 網代 勝利
「合併10年目に思うこと」
神栖市サッカースポーツ少年団設立40周年おめでとうございます。
40年前といえば、私は鹿島サッカー協会(犬吠クラブ)の1選手としてグランドを走り回っていた頃です。当時リーグで戦っていた方々も今では、還暦を迎えるほどの時が経過しながらもサッカーというスポーツに情熱を持ち続け、指導者として活躍している方も大勢います。
私の指導者としての始まりは、昭和52年4月波崎町サッカースポーツ少年団の結成2年後、FC波崎の前身である波崎東SSSが発足して以来、30数年になります。平成18年、波崎町と神栖町の合併により神栖市サッカースポーツ少年団となり、活動10年目を迎える今年はチームとして、指導者として歴史に残る1年でありました。これも全ての団員、育成部、指導者に感謝の気持ちで一杯です。
今後も一人の指導者として、これまでの経験を生かし、若手指導者の育成とサッカーが大好きな子供たちのサポートをしていきたいと思っています。
これからも宜しくお願いします。
指導部長 島崎 宣行
神栖市サッカースポーツ少年団創立40周年おめでとうございます。
私が2010年にFC波崎の指導者になってから早や4年が過ぎようとしています。その中で40周年の大きな節目を迎えることができ大変光栄です。
私はサッカーが大好きで、小学生の時はよく海岸に行って波にボールを蹴っていました。(あるサッカーTVのまねです)
サッカーにはボール一つで大勢の人達を魅了する力があります。足で行うために、手を使う競技よりも正確性に欠ける為、刻々と状況変化していく中でゴールを決めるのは難しいと言えます。その中でPKエリア付近での攻防がとてもスリルがあり目が離せません。ボールがゴールに入った瞬間はなんとも言えません。最近では数多くの国際試合や海外のリーグをTVで観戦ができるのでよけいです。
こんな素晴らしいサッカーで自分を指導者の道へ導いてくれたきっかけは息子でした。保育園の年長の時に「サッカーが上手くなりたい」と言う言葉に少しでも力になりたい思いで、その年に指導者ライセンスのD級を取得し勉強していろいろ教えていましたが、その上の指導方法はどんなものか興味が湧いて翌年にはC級を取得してしまいました。各ライセンスの指導で感じた事は、D級はボールの触れ合いから始まり楽しくやる事が目的に感じました。C級は楽しく+トレーニングのテーマに沿った指導を行います。あとは指導者も教え過ぎない事に注意しながら、ヒントを与えて子供達自ら良いプレーを考えさせて創造力あふれるプレイヤーに育てる事です。
答えを教えないで指導する事は難しいですが、今ではかなり指導にはまってしまいました。子供達に指導しながら自分も一緒に指導技術向上の為に精進しています。現在は団からの推薦もありましてトレセンのコーチも兼任しています。素晴らしいコーチ達と出会い、経験を積むことができとても嬉しいです。
この充実している環境は家族の協力があります。その中では妻の応援、支えがなくてはなりません感謝の気持ちでいっぱいです。
今の自分があるのは、団員及び育成部(保護者)、少年団のコーチ、C級を目指した仲間、トレセンスタッフ、神栖市サッカースポーツ少年団の諸先輩方や沢山の人と人のつながりがあり、支えて頂いたおかげで良い経験ができています。ありがとうございます。
今後も神栖市サッカースポーツ少年団が益々発展されますよう微力ながらお手伝いできればと考えています。
育成部長 橋本 慈子
息子がFC波崎に入団してから6年、間もなく卒団・小学校も卒業を迎えようとしています。体力づくりにと思い、半ば無理やり入団させてしまいまいしたが、下手ではありますが、今ではサッカーが好きなようです。
今年度、我チームは全日本少年サッカー大会茨城県大会に於いてベスト4に進出し、関東少年サッカー大会に出場することができました。
仲間に恵まれた息子は、貴重な体験をすることが出来ました。それもFC波崎の団長をはじめ指導者の方々の6年間の熱心な指導のおかげです。
また、子供たちがサッカー活動を行える環境を作ってくださる、神栖市サッカースポーツ少年団の皆様のおかげであると思っております。
本年度、私はFC波崎の育成部長を務めさせて頂き、会議などに出席する機会がありました。子供たちが楽しんでサッカー活動を行うために、神栖市サッカースポーツ少年団の皆様にご尽力頂いていたということを改めて知ることが出来ました。心より感謝しております。保護者として貴重な経験をした1年間でした。
間もなく、息子もサッカースポーツ少年団の一員としての活動も終了します。この6年間で学んだことを、中学生になっても生かせるよう、頑張ってもらいたです。親として自分の子供はもちろんですが、6年間一緒に過ごした息子の仲間たちも見守って行こうと思います。
神栖市サッカースポーツ少年団創立40周年、おめでとうございます。これからのますますのご活躍をお祈りしております。
少年団OB 熊田 翔吾
今の自分があるのは、小学校時代六年間のFC波崎スポーツ少年団で経験してきたことがとても大きなものとなっている。
六年生の時、僕はナショナルトレセン関東に選出され、常に自信を持ち、誰にも負けないんだという闘争心を持ったプレイヤーだった。それは今もなお自分のプレースタイルのベースとなっている。
小学校と言えば少年団やトレセン活動で培った秘術や、純粋にサッカーを楽しむ事をコーチ達に教わった。多くのものを教えてくれたFC波崎のコーチや、共にサッカーを楽しんでいた仲間、また親に対して本当に感謝している。更にいえばFC波崎に所属していた時、コーチ達には自由に、そして楽しくサッカーをさせてもらえた。ゴールを取ればコーチは一緒に喜び褒めてくれ、たとえミスをしても、「誰でもミスはする。ミスした後が重要なんだ。」「もう一度チャレンジしろ。」と、いつも勇気づけるような指導をしてくれた。
だからこそ、ゴールデンエイジと言われる時期に、人間としてもサッカー選手としても大切な事を身に付け、成長できたと思っている。
もう一つ、感謝してる人がいる。それは両親だ。いつも練習に母親が送迎してくれ、サッカーをやる為の練習着やスパイクは何の不満も言わずに買ってくれ、そういったサポートがあったからこそ今、自分はサッカーをして楽しく幸せでいられる。全力で応援してくれる親がいるから、それが今の自分のエネルギーになるし、もっと成長して大きくなっていきたい。
いま、僕は日本体育大学でサッカーをしている。ここで結果を出してプロの世界へ足を踏み入れる事が目標だ。プロになるという夢を追い続け、前進していきます。
最後に神栖市スポーツ少年団四十周年おめでとうございます。神栖市住民として応援していきます。
FC波崎OB 鴨川 実歩(ジェフユナイテット市原・千葉レディース)
このたびは、神栖市サッカースポーツ少年団の創立40周年おめでとうございます。
私もFC波崎で小学校1年生から6年生までの6年間在籍させていただいたチームが、これだけの長い間しっかりと活動されていてとてもうれしいです。
さて、私の小学校時代の生活といえばFC波崎の活動が中心でとにかく大好きなサッカー漬けの毎日でした。
FC波崎の指導は試合の時にできるかぎり選手主動でプレーすることを推進していて、監督・コーチが選手に細部にわたって指示をださないかわりに、気持ちの面で負けているときは強い気持ちを持つように喚起するといったところがとてもよかった印象です。
私に転機が訪れたのは小学校6年の12月におこなわれたJFA女子U-12ナショナルトレセンに選ばれ、大阪の堺に建設中のトレーニングセンター
(現J-GREEN SAKAI)に初めて行って合宿をしたことです。
関東・関西から選抜された小学校6年生のプレイヤーが一緒になってトレーニングをするなかで自分の年代の女子のレベルをはっきりと確認することが出来ました。
上には上がいるなという思いもあり、これが後の私の女子サッカーへの本格的な取り組みに発展してゆくきっかけとなった様な気がします。
中学では陸上部で活動しながら、鹿島LSC・女子サッカーのクラブチームに所属し3年生の時にはU-14日本代表エリートプログラムに参加して韓国遠征。そして全日本女子ユース全国大会に出場。高校入学と同時にジェフユナイテッド市原・千葉レディースに所属し,U-16・U-17女子日本代表としてアジアカップ優勝・コスタリカワールドカップ優勝することができました。
現在はプレナスなでしこリーグを戦っています。なでしこジャパンレベルのメンバーと真剣勝負することで自分をレベルアップしていけるよう日々トレーニングしています。
最後に関係各位の皆様、おめでとうございます。
FC波崎 キャプテン 石川 天夢
六年間サッカーをして良かったことがたくさんあります。それは、友達が増えたこととサッカーが上手になったことです。
FC波崎は 波崎小と波崎西小の二つの学校の人たちのチームです。時々ケンカもするけど、サッカーをしていたら自然と仲直りしています。どの学年も関係なくみんな仲が良いので、チームワークはどのチームよりも負けません。
市内リーグなどで、戦うたびに相手チームの人達と友達になって、試合が終わればみんな仲良しになります。サッカーをやっていて 友達の輪が広がりました。
僕がサッカーを始めたのは保育園の時に遊びでしていたり、兄がFC波崎に入っていたので試合の時はいつも着いて行き、友達とサッカーをしていました。
小学生一年生の時にFC波崎に入り、三年生まではフィールドもしたけれど、試合の時にゴールキーパーをやったら上手いと言われて僕のポジションがゴールキーパーに決まりました。なぜかみんなゴールキーパーはやりたがらなかったけど、僕はみんなのシュートしたボールを止めたら楽しくて、たくさん練習をして市、県東、県のトレセンに参加することができました。トレセンになるとゴールキーパー専門のコーチにも教えてもらえるのでとても勉強になりました。
FC波崎は試合で勝つために、上を目指してみんなと一生懸命練習をしました。コーチ達に教えてもらったことを試合で活かした結果、全日本少年サッカー茨城県大会で四位になることができました。そして僕はみんなのおかげで優秀選手賞をとることができてすごくうれしかったです。
FC波崎もあと少しで卒団するけれどこれからもサッカーは続けていきます。
サッカーをやっていて良いコーチに恵まれた事と友達がたくさん増えたことは、僕の宝です。
戦績
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大会名 | 成績 |
平成26年度![]() |
第38回全日本少年サッカー大会茨城県大会 | 第4位 |
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第38回関東少年サッカー大会 in 東京出場 | ||
神栖市長杯少年サッカー大会 | 優勝 | |
平成23年度 | 神栖市長杯少年サッカー大会 | 第3位 |
鹿行地区防犯少年サッカー大会 高学年の部 | 優勝 | |
平成18年度 | 鹿行地区防犯少年サッカー大会 高学年の部 | 初優勝 |